お寺にお金がかかって困っていたので正直に住職さんに話したら「分割でもいいよ」と言われました。

幸か不幸か、元・旦那の親戚はお寺の住職さんでした。

結婚して3年目に義理の父が肝臓がんで亡くなりました。その時に戒名を付けた方がいいと言われて「●●さんならこれくらいのレベルの戒名を付けてあげないと、お父さんが気の毒ですよ」と言われたのですが、その金額を聞いて目玉が飛び出そうでした。はっきりとした金額までは覚えていませんが、元旦那のボーナス1回分よりも、はるかに多かったです。

「いやいや、いくら何でも私たちはまだまだ若くてお給料もそれほど多くないし、無理です」とワンランク下の戒名にしてもらいました。それでもお給料数か月分だったと思います。

その後もお寺のどこそこを修理するので寄付をお願いしますだの、ここを修理するので寄付をお願いしますなどと、再三にわたって寄付金が必要でした。墓地管理理料も必要だし、お布施も必要です。

私はふと、「この世の中で、自分の家の修理をする為に人から寄付金を貰って修理ができる人なんて、お坊さんだけですよねえ」と元・旦那さんやその親戚の人にポツリと言ってしまいました。

すると、親戚の伯父さんが「同感!寄付金やらお布施やお車代で年間何十万というお金が必要だからねえ。もう僕らは退職金と年金だけで生活してるから、厳しいわ。それで住職さんに寄付金は待ってほしいと相談したら、なんて言われたと思う」と言うのです。

住職さんに相談してどういわれたかと言うと「じゃあローンにしようか。お寺は僕らの物ではなく檀家さんやみんなの物だから、みんなで修理しないといけません。墓地管理料はお寺の決まりだから、お寺を利用する人には守ってもらう必要があります。お盆と年末の2回払いがしんどいのなら、毎月払いでもいいよ」と言われたそうです。

なんとしてもお金を取るのだな、血も涙もないんだな、みんなの悩みに寄り添うお坊さんなのに待ってくれないのだな、と怒りすら感じました。

私たちも「正直、お布施とか墓地管理料とか寄付金とか、お給料の安いサラリーマンには厳しいです」と話したのですが、「お寺の決まりだからねえ。守ってもらわないと」などと言って、決まりを守らないことがどれほど良くないことかを話されるだけでした。

お盆に来られたら、お布施を数万円包んで渡します。そしてお車代も何千円と包んでお渡しします。

このお車代ですが、各家庭から貰っているようです。これって、おかしいと思いませんか?

1軒当たり5000円として、30軒も回ればお車代だけで15万円です。

住職さんに聞くと、お盆の時期は朝の7時ごろから夜の9時ごろまで1日に30軒以上回るそうです。

それならば、各家庭からお車代を貰わなくても、今年はAさんとBさんとCさんからなどと、順番に当番制にして数軒からお車代を貰ったのでいいのではないかと、私は考えます。

お車代に1日10万円以上も貰う必要が、どこにあるのでしょうか。他の人に聞いても、皆さん「タクシーで来ていただいたら5000円くらいだ思うから」と、5000円を包んでいると言う人が多かったです。

また、お昼時や夕食時に来られた場合は「御膳料」という名のお食事代を包みます。多くの人は5000円とか1万円とか包んでいるそうです。昼から1万円もの食事をする人が今の世の中、どこにいるのだろうかと開いた口が塞がりません。

お布施も、3万とか5万と言う声が多く、7回忌や13回忌などの大きな節目の時は10万という人もいました。これは結構痛い出費だと思います。年金暮らしの人などはどうしておられるのでしょうか?

私の父や母は、遺言として「戒名はいらない。お坊さんも呼ばなくていい。火葬場に直送して焼いてくれたらいい。骨はお墓ではなく納骨堂に収めてください。納骨堂もお金がかかるようなら、骨壺にいれて部屋の片隅に置いてくれたらいいです。お坊さんにお金を使うな。そのお金で美味しい物でも食べて、みんなで仲良く元気に過ごしてほしい」と書いてあったので、遺言通りお坊さんは一切呼ばず、お坊さんには一切お金を使いませんでした。

納骨堂なので、墓地管理料などを払う必要もなくお寺関係の出費で悩むこともありません。

「お父さん、お母さんありがとう」と凄く思います。

近年は、戒名なんてつけないでお墓ではなく納骨堂に骨を納めるという人が増えていますが、おそらく私と同様の理由でしょう。

住職さんはせめて、全家庭からお車代を頂戴するというのは止めて、健全な方法に変えた方が良いと思います。
お坊さんにお車代や御膳料を渡すというのは、企業で言うと営業で回っている人にお車代や食事代を渡しているのと同様で、ありえないことです。

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